田岡なつみが見た景色がそこに。『VISTA』制作に込められた願い
現在世界ランキング12位のプロロングボーダー、田岡なつみさん。過去3回のグランドチャンピオン獲得と世界一を目指してひた走る彼女の戦いの記録を収めたドキュメンタリー『VISTA』が封を切った。まるでダンスをするような彼女のライディングと、“アスリート田岡なつみ”の多様な表情に魅了される、フィルマー 米山 理功 氏渾身の作品だ。制作に込めた思いを、田岡なつみさんに伺った。世界一の夢への記録。アスリートのリアルな日常が
ー『VISTA』はどのような作品になっているのですか?
昨年度のシーズンのWSL世界ツアーのカリフォルニアの試合、国内の全試合が収められています。本来は、目指していた世界一を獲得する瞬間までを収める予定でした。今年、それは叶いませんでしたが、その悔しさを含めた私の1年間がぎゅっと詰まった作品になっています。
ータイトル「VISTA」に込めた思いを教えてください。
「VISTA」は、「景色」や「見る」といった意味をもつ言葉です。私は海外遠征に行くとき、ただ試合だけを目的にするのではなく、見たことのない景色や、いろんな人や波との出会いを楽しみたいので、そんなところも伝わるものにできたらと思っています。
ー試合のライディングだけではなく、カリフォルニア各地でのフリーサーフィンや、現地での友人たちとの表情も収められていて、田岡さんと一緒に旅をしているような気持ちになりました。
たとえば試合だけであれば、今はライブ配信などで見ることもできます。『VISTA』には、試合前日の過ごし方や、ヒート直前の緊張感、勝った嬉しさや負けた悔しさ、その場に流れる空気すべてが収められています。
ー表情という点では、「いつも笑顔のなっちゃん」というイメージとは違う雰囲気も感じられる作品ですよね。
試合前は緊張もするし、こんな悔しい顔もしてたんだ、と意外性もあると思います。戦う田岡なつみの顔、ですね。
ー一番の見どころはどこですか?
カリフォルニアのSurf Ranchのシーンです。きれいなチューブの波を再現する人工ウェーブの施設で、パーフェクトな波と言われています。まだ日本人で乗った人は少ない、そんな波に乗れたことが一番の思い出ですね。稼働に5、600万円かかるそうで、1本6万円と言われながら乗りました(笑)
波と踊る、ロングボードならでは時間を味わって
ー『VISTA』制作には、ロングボードの魅力を伝えたいという願いも込められていると伺いました。
今サーフィンといえば、オリンピック競技にもなったショートボードの印象が強いと思います。ロングボードって何?と言われることもあるくらい、まだまだ知名度が低いスポーツです。でも実はロングボードの方が技の種類も豊富ですし、波の大きさに関係なく、どんなポイントでも幅広い層の人が楽しめるというのがロングボードのいいところ。私を見て、ロングボードを始める人が増えたらいいなと思っています。
ー田岡さんの考えるロングボードの魅力はなんですか?
私はショートボードのプロの資格も持っているので、どちらの経験もあるのですが、ロングボードの魅力は、まるで「波とダンスをするような感覚」を楽しめることだと思っています。アグレッシブに板を動かすというよりも、波の動きに合わせた柔らかく、しなやかなライディングは、女性らしさも表現できます。
私が一番好きな瞬間は、ハング5やハング10と言われる、ロングボードのノーズ(先端部分)に足の指をかけて立つ技をしているとき。まるで空を飛んでいるような浮遊感を味わえる、最高の瞬間。この感覚を味わったら、もうロングボードからは離れられないと思います。
着実に世界に近づいている手応えを感じる
ーまさに田岡さんの“ダンス”を『VISTA』でもたくさん見ることができます。ここまで続けてくるなかで、ロングボード競技に感じる課題もあったのでしょうか?
そうですね。ショートボードに比べ、まだまだ賞金も少ないですし、海外遠征の負担も大きいのが本音です。特に女子は、男子よりも金銭面で安定した状態を得にくいという現実も。その点は、選手会などで発信を続けてきたことで、少しずつ改善が見られています。
ー田岡さんの挑戦も、女子ロングボーダーの希望につながりそうですね。
まず私が世界一という結果を出すことが、何よりのアピールにもなると思っています。私も、サーフィンだけでお金を稼げているわけではないのですが、そのなかで選べるベストな環境を追求し続けています。「なっちゃんみたいなサーファーになりたい」と言ってもらえるようになれたら嬉しいですね。
ー今は株式会社ピカイチで、広報のお仕事をされているんですよね。
はい、今年4月に入社をして半年間は出社していましたが、現在はサーフィン活動を優先させてもらい、リモートの働き方に変更してもらいました。月に一度、会議の前にはみんなでサーフィンをしてビーチクリーンをするという活動もしています。年に1回はサーフィン部の皆さんと宮崎にトリップに行ったりと、恵まれた環境です。
ーここまでの手応えはどのように感じていますか?
たとえば今年、ROXYアスリートチームに加われたことには大きな意味を感じています。ロングボードの選手に、インターナショナルスポンサーがつくことはまだ珍しいんです。
私自身、ここ数年で少しずつ成績が上がり、世界のトップに近づいてきていることを実感しているなかで声をかけてもらえたことはすごく嬉しかった。何より、ROXYは小さい頃からの憧れ。ポーチやキーホルダーをたくさん集めていた、思い入れのあるブランドです。プロになってから10年間、積み上げてきてよかったという気持ちに包まれました。
ー来年の戦いも楽しみですね。
来年こそは、世界一のタイトル獲得の瞬間を『VISTA』に収めたい。それまでの道のりを残し続けていきたいと思うので、楽しみに待っていてください。